前回、食べ物を使ってトレーニングをする大きな目的について書きました。
今回は、食べ物を使うときに飼い主さんが陥りがちな失敗について書きたいと思います。
トレーニングが進み、色々な刺激に慣れさせたり、自信を付けさせたり、といった目的で食べ物を使うというよりも、知っているコマンドの精度を高めたり、新しいトリックを習得する目的で食べ物を使うことが多くなると、食べ物を出すタイミングに気をつけるようにしなくてはなりません。
そうしないと、犬はあっという間に
“食べ物を見せないと言うことを聞かない子” になってしまい、
飼い主さんは簡単に
“食べ物を持たないと犬に言うことを聞かせられない人” になってしまいます。
特に家庭犬のトレーニングの場合、より早く目的の行動を導き出すために、最終的なご褒美とは別に、“誘導”や“ルアー”と呼ばれる方法のために食べ物を使います。
つまり、初段階のトレーニングの流れは以下のようになります。
① 「誘導(ルアー)」として食べ物を犬の鼻先に近づけて動かす→②「犬に目的の行動をさせる」→③「ご褒美(報酬)」として食べ物を与える
しかし、本来は、①の食べ物を見せて動かすことは、すぐに(数回で)、ハンドシグナルや声のコマンドに置き換えていく必要があります。そうしないと、犬は簡単に、指示を出されている手に食べ物があるかないかを瞬時に判断し、なければ無視する、という悪い癖を付けてしまいます。悪い癖が付く流れはこうです。
1.食べ物を持って指示を出され、従ってご褒美をもらう
2.食べ物を持たずに指示を出され、無視する
3.また食べ物をもって指示を出され、従ってご褒美をもらう
こういうことが何度となく繰り返されるため、犬は、食べ物を持ってないときは無視すれば、そのうち飼い主さんが食べ物を持つ、と学習します。そして、飼い主さんは、やっぱりうちの子は食べ物を見せないと言うことを聞かないのね、と食べ物を持って指示を出すことが癖づけられていきます。
この流れを断ち切るためには、できるだけ早く、①の目的で食べ物を持つことを止めることが大切です。食べ物を見せずに、
① コマンドを出す→②目的の動きをする→③ごほうびがもらえる
この流れを理解させれば、食べ物に頼らずに犬に指示を出すことができるようになります。
これだけではなかなか指示に従わず、悪い癖が抜けない場合は、
①誘導(ルアー)を見せる→②目的の動きをする→③声で褒めるだけにして、食べ物は与えない
このセッションも組み合わせると良いでしょう。
誘導(ルアー)の目的で食べ物を見せることは、犬に強制せずに、すぐに目的の行動を引き出すことができるという意味で、とても人道的な効率の良い方法ですが、目的の行動を引き出せたらすぐにフェードアウトしていかないと、逆に声のコマンドやハンドシグナルを「隠蔽」してしまうやっかいな刺激になってしまいます。つまり、「目の前に食べ物をぶら下げられる」という刺激は犬にとって非常に強い刺激であるため、同時に出されているコマンドが耳に入らないままトレーニングが繰り返されてしまい、実は、コマンドを学習しているわけではなく、単に誘導(ルアー)の動きを見てそれに合わせて体を動かしているだけになってしまっているのです。なので、いざ、実生活で食べ物がない状況でコマンドを出してみると、まったく期待したように動いてくれない、という事態が起きてしまいます。
また、目的の行動ができたときに与えるご褒美についても、ずーっと毎回必ず与える必要はありません。新しい行動を教えるときは、その行動が定着するまで毎回ご褒美を与えた方が良いですが、よく知っている行動であれば、毎回与えず、ランダムにご褒美を与えたほうが行動が定着します(これはいつ当たりが出るか分からないけどハマってしまう、ギャンブルや宝くじと同じ理論です)。
そして、犬との生活の中で、私たちは、食べ物以外の様々な刺激をご褒美として利用することができます。例えば、扉の前でオスワリをしたら開けて散歩に出かける、ボールを持ってきたら投げて遊ぶ、フセて落ち着いたらソファに乗ってもいい合図を出すなど、犬がしたいことをさせる前に交換条件としてコマンドを出すように心がけるだけで、食べ物がなくても簡単にコミュニケーションが取れるようになっていきます。
食べ物は、前回の書いたように、
『その食べ物を食べることが犬にとって好ましいことになっていること』
という前提が成り立っている場合、とても効果的で役立つトレーニングツールになります。
一方で、食べ物に頼りすぎていると、その力が巨大化してしまい、食べ物がないと実は何も関係が築けていない、という残念な状態になってしまうこともあります。
食べ物はあくまでも仲介役として、うまく利用してもらえればな、と思います。
辻村
オヤツ落ちてこないかな~by小春